福岡高等裁判所 昭和41年(う)957号 判決 1967年8月18日
被告人 福岡国繁
主文
原判決を破棄する。
被告人を原判示第一、第三の暴行罪について被告人を懲役二月に、原判示第四の暴力行為等処罰に関する法律違反罪について懲役四月に処する。
ただし、この裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用中証人西村恒記、同木下覚、同水本寿次、同宮崎義人、同中村定、同草野秀信、同野中昭蔵に支給した分および当審における訴訟費用中証人東寛次に支給した分は、被告人の負担とする。
本件公訴事実中強要競売入札妨害の点について被告人は無罪。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人衛藤善人および同森静雄提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。
弁護人衛藤善人の控訴趣意第一点の一および弁護人森静雄の控訴趣意第一点(いずれも事実誤認)について
所論は、いずれも原判決は、原判示第二において、被告人は、村山義雄と吉永充徳に威力を用いて落札を断念させることを共謀し、村山が吉永を脅迫して落札を断念させたとしているが、被告人は村山に対し威力を用いることはもちろん脅迫までして吉永に落札を断念させることを頼んだことはなく、すなわち被告人は右原判示のように共謀したことはないので、原判決は事実の誤認がある、というのである。
そこで、検討するに、原判決挙示の吉永充徳の原審公判廷における供述、同人の検察官に対する供述調書、村山義雄の司法警察員および検察官に対する各供述調書謄本によれば、原判示第二のとおり村山義雄が、当日熊本市所在熊本県建設会館役員会議室において行われた熊本県土木部施行の工事請負入札の協調会の席上、吉永充徳を脅迫して落札を断念させたことを認めることができるか、右証拠およびその他の原判決挙示の関係証拠ならびにその他の原審において取り調べた証拠によつても、被告人が村山と同人の右所為を共謀したことを認めることはできない。すなわち、原判決挙示の関係証拠によれば、村山は、熊本県建設業協会代表理事で熊本県議会議員でもあり、熊本県の土建業界で勢力を有し、同業者間に恐れられていたことを認めることができ、村山義雄の司法警察員に対する供述調書、被告人の検察官に対する昭和四一年二月一四日付供述調書によれば、被告人が、前記協調会の途中前記会議室の入口で村山に偶然会つた際、同人に対し被告人と吉永とが共に落札を希望して話合いがつかないので、吉永に落札を断念させるよう頼んだことを認めることはできるが、被告人が村山に対し吉永に威力を用いあるいは脅迫してまで落札を断念させるよう頼んだことを認めるに足る証拠はない。また、原判決挙示の関係証拠によれば、村山が吉永に対し原判示のとおり脅迫文言を弄している間、被告人も同席していたことを認めることができるが、この事実によつても、被告人が村山と同人の右行為を共謀したと認めることはできない。したがつて原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり、原判決は破棄を免れず、論旨はいずれも理由がある。
弁護人衛藤善人の控訴趣意第一の二(事実誤認)および弁護人森静雄の控訴趣意第三点(訴訟手続の法令違反、事実誤認)について
所論は、(一)原判決は、被告人は常習として原判示第四の(1) 、(2) の暴行をしたとしているが、被告人にはそのような常習性はないので原判決には事実の誤認がある。(二)原判決は、被告人の右常習性認定の情況事実として、(イ)被告人が昭和三六年六、七月頃水本寿次に対し脅迫を加えた事実、(ロ)被告人が昭和三七年七、八月頃木下覚に対し暴行、脅迫を加えた事実を挙げているが、右各犯罪事実はすでに公訴時効期間を経過した事実であり、公訴時効の制度の最大の立法理由は時間の経過による証拠の散逸にあるのであるから、公訴時効期間を経過した犯罪事実については、常習性の立証のためであつても、その立証を許すべきではない。なぜなら、これを許し、裁判官がその事実が存在するとの心証を持ち、常習性が認定されることによつて、被告人が単純暴行罪の刑より加重された刑を受けることになり、結局公訴時効期間を経過した犯罪事実によつて処罰されるのと異らないからである。したがつて、公訴時効期間を経過した前記(イ)、(ロ)の事実の立証を許した原判決には訴訟手続の法令違反があるというのである。
そこで、論旨(二)から検討するに、被告人を処罰するには常習性の発露である公訴時効期間内にある他の犯罪事実の存在が立証されることが必要であるから、公訴時効期間を経過した犯罪事実をその常習性認定の情況事実とし、その立証を許したとしても、その公訴時効期間を経過した犯罪事実によつて処罰するものとはいえない。そして、常習性を認定するには相当期間の時には公訴時効期間を経過した被告人の犯罪事実による必要があることもあるので、公訴時効期間を経過した犯罪事実を常習性認定の情況事実とすることは、すでに処罰された前科の犯罪事実を常習性認定の情況事実とすることが一事不再理の原則に反しないのと同様、公訴時効の制度に反するものではない。時間の経過による証拠の散逸は、社会的応報感情の消滅と共に、公訴時効の制度の立法理由の一つとされているものではあるが、絶対的なものではなく、前記のような必要がある以上、公訴時効期間を経過した犯罪事実の立証を許しこれを常習性認定の情況事実とすることができるものと解すべきである。論旨(二)は理由がない。
つぎに、論旨(一)についてみるに、原判決挙示の証拠によれば、被告人は、(1) 兄福岡国輔と共謀して、昭和三六年六、七月頃熊本県八代土木事務所において当時同事務所員であつた水本寿次に対し同人が砂利採取の許否の結果を電話で回答しなかつたといつて、「機関銃で打ち殺す。」といつたりナイフを首のところに突きつけて「今まで言つたことを謝れ。」といつて脅迫を加え、(2) 昭和三七年七、八月頃同事務所において熊本県の土木工事の請負入札の指名に洩れたとして当時同事務所事務課長であつた木下覚の手を引つ張り「外に出ろ、わびろ。」といつて同人に土下座させて暴行、脅迫を加え、(3) 原判示第一のとおり、昭和三八年一〇月六日熊本県八代郡坂本村の球磨川川原において被告人が砂利採取許可申請中であるのに中村定および宮崎義人が砂利採取機械を持ち込み採取作業をしていたとして宮崎を捕えて川の中にほうり込んで暴行を加え、(4) 原判示第三のとおり、昭和三九年七月五日被告人経営の会社事務所において従業員の工務主任堀重松が被告人に進言したことに立腹して同人の右頬部を手で小突いて暴行を加え、(5) 昭和四〇年三月一三日熊本県八代市内の道路上において中野忠雄(当時六〇歳)に対し同人が電話で「あんた」と呼んだことに立腹し「あんたとは何か、福岡さんと呼べ。」といつて同人の左耳を右手でひねつて加療一〇日位を要する傷害を与えて、同年六月一六日八代簡易裁判所において傷害罪により罰金八、〇〇〇円に処せられ、(6) 原判示第四の(1) のとおり、同年一一月頃同市熊本県建設業協会八代支部事務室において西村恒記に対しさきに同人が砂利を分譲してくれなかつたことに因縁をつけ「こやつ何で砂利を売らんだつたか。」といいざま同人の左側頭部付近を右手で小突いて暴行を加え、(7) 原判示第四の(2) のとおり、同日同支部廊下において松本照雄に対し同人がさきに被告人の営業を妨害するようなことを言つたと因縁をつけ「ふてえ口ばたたくな。ちよつと来てみ。」といい同人の胸倉をつかんでコンクリート敷きの土間に引きずり降し「わりや坐つてあやまれ。」とどなりながら同人の右足を数回足蹴りにして暴行を加えたことを認めることができるが、以上のとおり些細なことで暴行、脅迫を反覆して加えた事実に徴すると、右(6) 、(7) の暴行は常習としてなされたものと認めざるをえない。なお、原判決は、被告人が、(8) 昭和二七年九月九日八代簡易裁判所において傷害罪により罰金三、〇〇〇円に処せられ、(9) 昭和三一年七月五日同裁判所において同罪により罰金七、〇〇〇円に処せられた事実をも常習性認定の情況事実としているが、これらの事実は、相当以前の行為であるから、右(6) 、(7) の暴行の常習性認定の情況事実とはなりえない。したがつて、原判決には事実の誤認はなく、論旨(一)も理由がない。
弁護人森静雄の控訴趣意第二点(法令適用の誤り)について
しかしながら、原判決挙示の関係証拠によつて認められる、原判示第三、第四の(1) の各暴行の動機、被告人と各被害者との関係、各暴行の態様によれば、右各暴行について可罰的違法性がないとはいえないので、論旨は理由がない。
弁護人衛藤善人の控訴趣意中原判示第四の(1) 、(2) の事実についての量刑不当の主張および弁護人森静雄の控訴趣意第四点中原判示第四の(1) 、(2) の事実についての量刑不当の主張について
そこで、本件記録ならびに原審および当審において取り調べた証拠によつて考察するに、原判示第四の(1) 、(2) の事実は常習暴行罪ではあるが、各暴行の態様もさしてひどいものではないこと、被告人にはこれまで懲役刑の前科はないこと、被告人は土木建設業を営み相当の信用を得て、事業に精出していることその他諸般の情状を綜合すると、被告人に対し刑の執行を猶予して改過更正の機会を与えるのが相当であるから、被告人を実刑に処した原判決は、刑の量定が重過ぎ、破棄を免れず、論旨は理由がある。
そこで、弁護人衛藤善人の控訴趣意第二点(法令適用の誤り)、同第三点中その余の量刑不当の主張および弁護人森静雄の控訴趣意第四点中その余の量刑不当の主張に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第四〇〇条但書により原判決を破棄し、さらに次のとおり判決する。
原判決の認定した原判示第一、第三、第四の事実に法令を適用すると、被告人の原判示第一、第三の各行為は刑法第二〇八条、罰金等臨時措置法第三条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、以上と原判示前科の罪とは刑法第四五条後段の併合罪であるから未だ裁判を経てない本件の罪について処断することとし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条、第一〇条により重い原判示第一の暴行罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で、被告人を懲役二月に処し、原判示第四の行為は暴力行為等処罰に関する法律第一条の三、刑法第二〇八条に該当するので、その刑期の範囲内で、被告人を懲役四月に処し、諸般の情状を考慮し同法第二五条第一項によりこの裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により訴訟費用は主文第四項のとおりの被告人の負担とすることとする。
本件公訴事実中、昭和四一年二月一六日付起訴状記載の公訴事実第二の「被告人は、八代市において土木建築請負業を営むものであるが、昭和三八年一二月二九日熊本県土木部施行の八代郡坂本村大字深水地区道路災害復旧工事請負入札に際し、合資会社吉永建設が強く同工事の請負を望んでいることを知るや、予て土建業界に隠然たる勢力を有し同業者間に畏れられていた熊本県建設業協会代表理事で熊本県議会議員でもある村山義雄の勢威、権勢を藉りて、同会社の落札を排し、自ら同工事を落札請負うべく、同人に協力方を依頼してその承諾を得、茲に同人と共謀の上、同月二八日熊本市大江町九品寺所在熊本県建設会館役員会議室において、折柄協調会出席のため来合わせていた右吉永建設代表社員吉永充徳(当時五七歳)に対し村山義雄において「この工事は福岡に譲れよ。」と要求し、被告人に落札させるよう申し迫り、その拒否せられるや、「よしみとれ、八代のやつには今後一つも工事はやらんぞ。」などと怒号して、右吉永充徳等の身体、名誉等に害悪をも加うべきことをもつて同人を脅迫し、同人をして止むなく右要求に応じ前記入札時においては被告人に落札するよう故らにその入札価格を超える額で札入れさせ、もつて人をして義務なきことを行わしめ、被告人において予定の価格で自ら落札し、因つて前記入札施行に不当に影響を及ぼし自由競争の実を失わしめ、もつて威力を用い公の入札の公正を害すべき行為をしたものである。」との強要、競売入札妨害の点については、前記のとおりその証明が十分でないから、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡しをする。
そこで、主文のとおり判決する。
(裁判官 塚本富士男 安東勝 矢頭直哉)